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2016年11月12日 (土)

すーさんの最期

頭の中を整理するために書きます。
心不全による肺水腫の最期を知りたい方は、よろしければどうぞ。


どうすることもできませんでした。

僧帽弁閉鎖不全による心不全で肺水腫を繰り返したすーさんの最期は、ワタシの願いとはかけはなれたものになってしまいました。

息を引き取ったと先生から連絡をもらったのが11月8日AM7:06。迎えに行くと、「かなり苦しかったと思います。見せないほうがいいと思って、連絡しませんでした」と言われました。

横たわったまま動かないすーさんの顔を見たら、もう言葉がでませんでした。


7日の夜、咳が止まらなくなり病院へ走りました。利尿剤を注射してもらい帰ろうとしたときにさらに容体が悪化し、診察室に戻りました。これまでとは違う様子に、先生からは「心臓が原因だから、万が一のときも蘇生はしません。連れて帰るという選択肢もある」と言われました。

すーさんの咳は止まらず、意識はもうろうとして目もうつろ。苦しんでいるのは一目瞭然で、このまま連れ帰るという選択をワタシはできませんでした。

病院にいればこれまでのように助かるかもしれない、ダメでも苦しい窒息死だけは避けられるかもしれないーと望みを託しましたが。

肺水腫で静かで穏やかな死を迎えることは、自宅だろうと病院だろうと難しかったようです。

せめて血管が取れて留置が入れられていたら、利尿剤以外の処置もできたし、最悪でも安楽死はできたはず。でももう、すーさんの血管はとれませんでした。


ワタシが自宅へ戻ったのちの深夜も、酸素室内で動けるようになったすーさんに再度処置をしようと試みたそうですが、酸素室から出したとたんに咳込み呼吸困難となり「ほぼ何もできなかった」とのことでした。

そんな状態を看続けるのは、先生も苦しかったでしょう。たぶん一睡もできずに朝を迎えたに違いありません。それは本来、ワタシの役割だったのに。先生には申し訳ないことをしてしまいました。

看取ってくれたH先生、最初にお世話になったあの日、深夜にも関わらず受け入れてくれたT先生、入院中も可愛がってくれた看護師のみなさんには本当に感謝しかありません。


そしてすーさん、置いてきてごめんね。

もしこの結果を知った上で過去をやり直せるなら・・・発作を起こす数時間前に戻って、安楽死を選びたいな。

肺水腫の最期は壮絶だと前のかかりつけの先生からも聞かされていたし、情報収集もしていました。

”なす術もなく、自宅で苦しみながら窒息死させるのだけはなんとか避けたい”と、夜間も対応してくれそうな病院を探しました。

苦しい思いも、寂しい思いもさせたくない。それだけだったけど、結局どちらも叶いませんでした。


最初に肺水腫を起こしたのが今年の3月です。心臓は暑さと湿度に弱いので早ければ夏、夏を乗り越えたとしても次回のヒートは厳しいだろうと心の準備はしていましたが、やっぱり後悔はつきません。

一つ幸いだったのは、すーさんの場合、肺水腫のとき以外はほぼ元気そうに過ごせていたこと。偽妊娠のとき以外はほとんど毎日、美味しそうにご飯を食べていました。

あの日の朝もおかわりをほしがっていたなぁ。もっと食べさせてあげればよかったー。

Img_0876

7日の朝。最期の写真になりました。

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