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2008年7月28日 (月)

ボランティアの犬達

先日の記事(やむを得ない事情)に書いた「ワンステップ」の後半を見ました。

正直なところ・・・番組自体はさっぱり~でした(笑)
ボランティアに関わる若者の思いを伝えるのがメインであって、
犬たちの現状を伝えるのが目的ではないのでしょうから、あれでいいのでしょう。

でも、まずは問題を真正面から捉えなければ、
ボランティアの本当の葛藤って見えない=伝わらないと思いますけどね。
うわっつらの、浅い内容でしたよ。フン(笑)

そういえば先日聞こえてきたラジオ番組でも、ボランティアの話題に触れていました。
ここ数年で、ボラに関わる人の割合がますます増えてきているとか。

ワタシが話をする大学生たちも、ボラ率は非常に高いです。
児童・障がい・高齢者福祉系が圧倒的ですが。

社会人になってから、いざ始めようと思ってもきっかけは作りにくかったりしますから、
学生のうちから親しむのはとてもいいことだと思います。

ただ、これからボランティアを始めようという若い方たちは知っておいたほうがいいことがあります。

ボランティアにはたいていの場合、
「する人」「受け入れる人(組織)」「される人」の3者が存在します。

「する人」はたいてい“社会や困っている人の役に立ちたい”という
希望にみちた動機でやってきますが、「する人」が“やりたいこと”と
「される人」や「受け入れる人」の“やってほしいこと”
これが継続して、完全に一致するのはなかなか難しいことです。

実はボランティアを「受け入れる人」、「される人」もけっこう大変。

今回の番組も、傍から見れば、
「可哀相な犬たちをたくさん抱えるシェルターを助けにいった前向きな若者たち」ですが、
あの番組を受け入れた女性は大変なこともあったことでしょう。
(互いに問題なく、うまくいっていればいいですけどね)

「する人」は、いいことをしていると思っていても、
実は自分の押し付けが迷惑になっていることもある、ということは
常に頭においておかなければいけません。

ワタシがもう少しだけ若いとき(笑)、「ボランティア論」の講義で知った詩をネットでみつけたのでアップします。


いつでも人は強者にもなり、弱者にもなりえる。
ボラに限った話ではなく、何気ない言葉や態度に傷つく人がいるかもしれない、ふと足を止めて考えてみることに深い意味があると思います。

ボランティア拒否宣言《花田 えくぼ》

それを言ったらオシマイと言う前に

一体私に何が始まっていたと言うの

何時だってオシマイの 向こうにしかハジマリは無い

その向こう側に 私は車椅子を漕(こ)ぎ出すのだ

ボランティアこそ 私の敵

私 はボランティアの犬達を 拒否する

ボランティアの犬達は 

私を優しく自滅させる

ボランティアの犬達は 

私を巧(たくみ)に甘えさせる

ボランティアの犬達は 

アテにならぬものを頼らせる

ボランティアの犬達は 

残された僅(わずか)かな筋力を弱らせる

ボランティアの犬達は 

私をアクセサリーにして街を歩く

ボランティアの犬達は 

車椅子の蔭で出来上がっている

ボランティアの犬達は 

私を優しい青年達の結婚式を飾る哀れな道具にする

ボランティアの犬達は 

私を 夏休みの宿題にする

ボランティアの犬達は 

彼らの子供達に観察日記を書かせる

ボランティアの犬達は 

私の我がままと頑(かたく)なを確かな権利であると主張させる

ボランティアの犬達は 

ごう慢と無知をかけがえのない個性であると信じ込ませる

ボランティアの犬達は 

非常識と非協調をたくましい行動だと煽りたてる

ボランティアの犬達は 

文化住宅に解放区を作り自立の旗を掲げてたむろする

ボランティアの犬達は 

私と社会の間に溝を掘り幻想の中に孤立させる

私はその犬達に尻尾を振った

私は彼らの巧みな優しさに飼い慣らされた

汚い手で顎(あご)をさすられた

私はもう彼らをいい気持ちにさせて上げない

今度その手が伸びてきたら

私は きっとその手に噛みついてやる

ごめんね

私の心のかわいそうな狼

少しの間 私はお前を忘れていた

誇り高い狼の顔で

オシマイの向こう側に

車椅子を漕ぎ出すのだ

*.* .*.☆
安易にネットで犬や猫を販売・購入するのは反対です
*.* .*.☆
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コメント

犬に対するボランティアも、人間に対するボランティアも同じなんだと思いました。
する側とされる側に高低があるかぎり、する側の自己満足で終わり、される側の気持ちはその次になるのかもしれません。
させていただく、という気持ちでかかわり、相手の気持ちを尊重したいです。

犬、猫を飼うときの覚悟を今一度考えさせられます。
犬を飼うことについても、じっくり時間をかけて本当にうちに来ることがその犬にとって幸せなのか、考えます。
お互いに生まれてきて良かったと思える時となるように、、、、、。


投稿: ノラ | 2008年7月31日 (木) 09時19分

ノラさん、こんにちは。

ボラに限らず、仕事でもなんでもそうですね。
ほんの少し相手の立場にたって考えられるかどうか、
これがとても重要ですね。
会社の後輩たちに繰り返し言ってますが、これがなかなか(笑)

>犬、猫を飼うときの覚悟を今一度考えさせられます。
そうですね、日本人全体が少しでも「覚悟」について
考えてくれたら、殺処分は必要なくなりますよね。

投稿: ワタシ | 2008年7月31日 (木) 19時56分

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