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2008年1月17日 (木)

それでもまだペットショップで買う?

* * *情報求ム【石狩市新港花畔付近で迷子】* * *

以前のブログに「日本の法律っていうのは、人間のことしか考えていない」というようなことを書きましたが、犬を愛する友人(アナタです、アナタ・笑)が情報ソースをくれたので、それに関連する話を。

2005年の9月にこんなニュースがあったんです。(動物愛護に関心をお持ちの方にはよく知られた話かとは思いますが、あらためて)

環境省は21日、生後間もない犬や猫といったペットの販売を禁止する方針を明らかにした。

かわいらしさなどから、国内では犬と猫の約6割が生後60日以内にペット店に仕入れされ、販売されている。しかし、生まれたばかりの犬や猫は、環境の変化や輸送に弱いほか、人間や他の動物に十分に慣らされていないという問題がある。

成犬などに比べてエサやフンの始末なども大変で、世話しきれずに捨てられるケースもある。

米国では8週齢未満の犬猫の取引、輸送を禁止。英国も8週齢以下の犬の販売を禁止している。

動物愛護法が今年6月に改正され、ペット店などの動物取扱業に登録制度が導入された。同省はこの登録基準に幼齢な動物の販売禁止を盛り込む考えだ。生後いつまでのペットを販売禁止にするかは、海外の事例や国内の販売実態を踏まえ、8週齢を軸に検討する。

また、インターネットのペット店では、業者がペットの状態をよく確かめずに販売し、トラブルになるケースがあったが、販売時にはペットの状態を2日以上観察して、下痢や皮膚病、四肢マヒなどがないか確認することを業者に義務付ける。ペットの病歴や飼育方法の説明も求める。

(2005年9月22日3時3分 読売新聞)

では、なぜ今でも生後8週齢以下の子犬が売られているのか?

当然、誰かが反対したから中止になったわけですね。

8週齢以下の子犬の販売を禁止して困るのは・・・犬を売って商売をしている人だけですから、当然反対するのは小売業界と推察するのが妥当でしょう。

現にこんな記事もあります。

雑誌「愛犬の友 3月号」(誠文堂新光社)の中で、全国ペット小売業協会副会長の太田勝典氏は、「現状ではブリーダーが8週齢まで手元に置くのはあまりにも困難。小売店がそれを仕入れても販売に最適な時期は過ぎている」と述べている。

http://news.livedoor.com/article/detail/3152759/ から。

http://news.jprpet.com/special/200710/28/
ぜひ、こちらも読んでみてください。

環境省は8週齢以下の販売を禁止しようとしていた。それに、8週齢をすぎてからだと売れる犬が減る、と考えたペットショップの団体は圧力をかけたわけですよね?

そもそも、8週齢を過ぎていたらほしくなくなるような消費者に犬を売りつけること自体どうかと思うんですが・・・?売ったあとは関係ない?

それでもまだまだ「法に基づいて商売をしているんだから、ペットショップを責めるな」という人がいるのには驚きです。

また、残念ながら「ペットショップを責められると、ペットショップで買った自分の犬や自分まで責められている気になります」というコメントも見たことがあります。

ワタシはそんな風に感じたことは一度もないです。逆に、自分がペットショップから買ってしまったからこそ、これから買ってしまうかもしれない人には早く本当のことを伝えないと!と思っていますが。

何ごとも考え方しだい。気づいたときに自分が正しいと思える道を選択すれば、過ぎたことにこだわる必要はないと思うんですよ。言うまでもなく、犬には何の罪もないですし。

*.* .*.☆
安易にネットで犬や猫を販売・購入するのは反対です
*.* .*.☆
   ☆.* よろしければ、プロフィールもご覧ください*.

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コメント

僕自身は、現在の社会のあり方そのものに疑問を感じています。例えば、ドッグフードの原料になっている、牛や豚は、生涯を全うすることなく、強制的に命を奪われています。

自分が可愛いと思っている犬さえ幸せならば、牛や豚が不幸に見舞われてもよいのだろうか?と思うのです。現実には、自分が飼うと決めた犬には餌を与えなければなりません。

しかしその一方で、愛情を一切受けることなく、地獄のような環境で命を奪われている命が存在していることも確かな事実だと思うのです。

このことは、ある存在を見た目で判断するのか、あるいは、魂を基準として判断するのかで異なってくると思います。

牛や豚の体に宿った魂は、決して自分が殺されることに同意して生まれてきたわけではないと思うのです。それは犬も同様ですが、牛や豚に比べればまだマシだと思うんですよね。

人間に生まれたというだけで、動物の役割を決定する権利など、本当に持っているのだろうかと、ここ最近強く感じます。人間も犬も牛も豚も、同じ命だと思うのです。

犬だけを可愛いと思うのは、人間のエゴに過ぎないと思えてなりません。少し困っています(^^;

投稿: さっぽろワンコ!管理人 | 2008年1月18日 (金) 00時43分

>牛や豚の体に宿った魂は、決して自分が殺されることに同意して生まれてきたわけではないと思うのです。それは犬も同様ですが、牛や豚に比べればまだマシだと思うんですよね。

仰る意味、理解できます。私も数年前、同じ事をひたすら考えた時期がありました。

人それぞれの思想があるので、けして、どれが正しいとは言い切れないですよね。長いですが、続けて読んでみてください。何かしら、アナタのモヤモヤに問いかけ、少しでも歩みよれたら・・・・と願っています。

アニマル・アドボガジーについて・・・

●アニマル・ライツ=動物の権利を人間と同じに認めなければならない。
●アニマル・ウェルフェア=動物の福祉を主体とした考え
(人間により動物の飼育や食肉などを必ず否定するものではないのです。人間に食べられてしまう動物であろうとも、展示される動物であろうとも、最後まで彼らの福祉に対する気配りが必要であり、生活の質を維持してやる必要があると言う考えです。)

アニマル・アドボガシーとはこの両者いずれの考え方をベースにしてなりたつものです。

提唱者は己の基盤を「ライツ」と「ウェルフェア」のどちら側におてい提唱活動を行うかを決めれば良いのです。しかし現実には動物と関わってる人びとの大半は「ライツ」と「ウェルフェア」にハッキリとわける事はできません。人間と等しいというとこまではいかないにせよ、多くのウェルフェア派はさまざまなレベルで動物の権利を認め、かつそれを自らの活動に反映させています。肉は食べるが展示・実験などは認めたくない、あるいは愛玩動物は飼育しているが肉は口にしたくないなどと考える人々の多くは、動物権利論と動物福祉論の間のどこかに、みなそれぞれ自分の「バランシング・ポイント」を持っていて、その視点に立ちながらアニマル・アドボケートとしての情報普及活動を展開させていると言えます。おそらく世の動物関係者にとってはこれがもっとも自然な状態なのでしょう。
        (愛玩動物飼養管理士・テキストより)

いかなる動物にも、道徳的配慮をする事。だと思います。
感謝と思いやりの気持ち・・・ですよね。
経済性を求められる食肉動物に対しても生産効率を追求するだけでなく、理論的な取り扱いが求められています。畜産業の現場においても動物に苦痛を与えない為の研究や技術開発、動物愛護精神の普及が計られています。

実験動物も基本理念として、動物が被る苦痛を減らすこと、動物を使用しないですむ実験法に返る事、研究にともなう動物数を減らす事・・・

食肉動物や実験動物がいなくては私達人間の生活は向上しませんよね。血となり肉となってくれる動物たち・・・私達の病気の抗体やワクチン、薬の安全性、新薬の効果や副作用・・・たくさんたくさん、役にたってくれているのです。
これらに感謝の気持ちを込めて・・・・

すべての動物(人間も含めて)強い立場のものが弱い立場の側になって、相手を理解し、思いやる事が共生していくための必須条件なのではないでしょうか・・・・・・


>地獄のような環境で命を奪われている命が存在していることも確かな事実だと思うのです。

ブログ主さんは、こういった、愛護の気持ち、感謝の気持ちも持たずに、経済利益や自己中心的な飼育法を追求している所を、言ってるのだと思います。
生後間もない、子犬を早くから引き離して、展示したり、売ったり。あるいは、両親犬の検査もしないで、ハンディーキャップを持って産まれて来た子の責任放棄をする所、ハンディーキャップならまだしも、他人に行き渡った後に苦しんで亡くなるケースもあるのです。
飼育を放棄する人もそうですね。


1頭1頭に愛情や責任があるとすれば、こういう売り方は如何なものか?と言う事だと思います。(繁殖の仕方もそうですね)
動物は飼い主を選べません。
本当に、動物と暮したい、共存したいと思うならばこそ、売る方も飼う方も、その生体にとって、どんな環境が一番なのか、自分が出来る事はなんなのか?しなくてはイケナイ事はなんなのか、自ずとして分かってくる筈ではないでしょうか。

>このことは、ある存在を見た目で判断するのか、あるいは、魂を基準として判断するのかで異なってくると思います。

上の方でもほんの触りだけを触れましたが、動物を飼育するにあたって、様々な約束事があります。
ブログの本文にも記載されていますが、「動物愛護法」と言うものが昨年6月に改正されました。
愛玩動物だけではなく、産業動物や実験動物、野生動物に至っての事細かい決まり事が記してあります。また違反した場合の措置や罰金についても記しています。
改正されたとは言え、まだまだ余所の国から見ると、曖昧な部分がありますが、、、、ご興味があれば、「動物愛護法」検索してみて下さい。

愛護法が制定されても、まだ、陰で違反してる人や業者がたくさんあるのです。

>犬だけを可愛いと思うのは、人間のエゴに過ぎないと思えてなりません。少し困っています(^^;

ブログ主さんが経済動物に触れていないのは、まずは、ご自分の出来る範囲から~と言った意味ではないでしょうか。
それはそれで立派な事だと思います。ご自分が飼われている愛玩動物が犬だからなのでしょね。これが、小鳥や、猫などであれば、そこからまたこういった思想が生まれてくる事でしょう。これが、牛や馬などであれば、また、違った角度からの問題掲示や思想、発想があるのかも知れませんね。

アナタの様に、愛玩動物は良くて、経済動物はだめなのか?など、動物について、何かしら、考えてくれる人がいると言う事は、当たり前の様に、お肉やお魚を食べて、粗末にして、当たり前の様にペットを飼って、自分のお家だけ良ければ良いんだと思いがちな、社会に、プラスに働いてくれることと思います。

大きな活動をだいそれてしなくても(なかなか出来る事ではないですよね)、一人一人の心構えが集まれば、きっと大きな力になると思います。

投稿: 陽子 | 2008年1月18日 (金) 17時33分

管理人さん、こんにちは。
正直なところ、コメント拝見して驚きました^^

管理人さんのサイト(札幌ワンコさん)は、ワタシには「犬が好きな人間(一般的な、ペットショップで犬を買ってしまう人や繁殖させたい人含め)」に利用してもらうために作られていると認識していたので、管理人さん自身がこれほど、動物の命に対して熱い方だとは思っていませんでした。うれしいです。

管理人さんの疑問に関しては、陽子さんが丁寧にアドバイスをくださっているので、ワタシは自分のことについて書きますね。

ワタシはもともと、本来すべての命は平等だと考えています。(そういう生活ができているか、と言われると難しいですが)

たまたま自分にとっては犬という生き物が身近にいて情報も集めやすいため犬中心のブログにしていますが、馬と住んでいれば馬、牛と暮らしていれば牛のブログになっていたでしょう(笑)

そして、自分の牛についてだけではなく、広く牛全般について書いたと思います。(今もほとんど、自分の犬については話を切り出すためにしか書いていないですし)

>犬だけを可愛いと思うのは人間のエゴ

一緒に住んでいれば、家族同然の犬を可愛いと思うのは当たり前だと思いますが、陽子さんのおっしゃるとおり、人間は当然自分たちだけが良ければいいのではなく、ほかの命(特に弱い者)にもっと配慮すべきですよね。

だから、「自分の犬が可愛い」に終始してしまう人(ブログも)とは全く話がかみ合いません。

ワタシのブログに定期的にきてくれている方は、たぶんそうした人はいないでしょう。人それぞれキャパがありますからすべての命の重要性に対して訴えることはできないかもしれないけどけど、そういう意識をもったうえで犬のことも考えている人が多いです。

「牛や豚に比べればまだマシだ」という考えには同意できませんが(どんな問題もそれを言ってしまえば元も子もありませんから)、犬だけが特別なわけじゃないというのは同感です!

ただ、食肉用とされている経済動物の問題については犬猫以上に問題が複雑だと感じています。今のワタシはブログにアップできるレベルにありません。(自分勝手に思ったことをただ書くことはできますが、それほど独りよがりなブログを続けるつもりはないので)

だから、管理人さんのおっしゃるような、動物についての一般の方のブログやサイトがどんどん増えて、いろんな人の目に触れるようになるといいなぁとも思います。

管理人さん、ぜひ「札幌ワンコ」だけじゃなく、もっと視野の広いサイトを作られてはいかがですか?(すでにお持ちでしたら、ぜひ教えてください^^)

コメントいただいて、管理人さんのような、サイト構築に関する技術と意見・知識を持ちあわせた貴重な方には、もっともっと情報や意見を発信してほしいと思いました。

投稿: ワタシ | 2008年1月19日 (土) 20時45分

陽子さん、こんにちは。

貴重なコメントありがとうございます。とても勉強になりました。

ワタシの理想は「ライツ」ですが、現代の生活ではそれは限りなく不可能に近いのでしょうね。会社に行くには革のかばんが必要だし、身内が病気になれば「もっといい薬がほしい」と思いますし。

一度手に入れてしまったものや生活はなかなか手放せないのが人間。これこそ、人間のエゴですね。
自分なりの軸はあるつもりですが、いろんな情報を耳にするたびに迷います。

>いかなる動物にも、道徳的配慮をする事。だと思います。
>感謝と思いやりの気持ち・・・ですよね。

ワタシもそう思い、心がけてるつもりです。最低限食べ物は残さない、できるだけ蟻をふまないとか(笑)

動物愛護法にはもっともっと「いかなる動物にも道徳的配慮をしたもの」になってほしいですね。

ちなみに、ワタシがあまり経済動物にふれないのは、陽子さんのおっしゃる通りの理由と、毎回すべての問題に触れてブログを書くのが不可能だからと、ベジタリアンではないから。肉食用の経済動物の問題はとても難しく、今のワタシには書けないテーマです。

投稿: ワタシ | 2008年1月19日 (土) 20時47分

ワタシさん、皆様、かなりの“長考の末”に、やはり書き込みさせて頂きます。

私たち人類を含めて、肉食動物は、肉を食べて生をつないでいます。そして、それが自然界の法則です。
どの生物も、生きて行くために産まれてきます。
それ自体を《動物愛護精神》で批判してしまうと、生物全体の生命維持をも認めないことになり兼ねません…
これが、とても難しいところです。

問題があるとすれば、現代の人工社会での、家畜のあり方(=飼い方)なんだと思います。
牛や豚、雛などは、犬や猫の食料用に犠牲になっているのではなく、人間の食肉用に飼われてます。その一部をフード会社が加工用に買い取っているのでしょうから。

もし、動物愛護精神が世界中に浸透して、全人類が菜食主義になったと仮定しますと…、私には、末恐ろしい気がします。
食肉用の家畜の繁殖がストップして、元来の食肉動物はどうなるのでしょうか…???
これはサイエンスフィクション並みのロマンの題材のようです。

動物への尊重精神という意味で、オーストリア、ドイツでは、家畜ファームの取り締まりが厳しいです。
ですから、最近の“モダン”なファームは、動物たちが“その日”まで、ある程度快適に暮らせるように工夫がされています。
健康管理も抜群ですし、輸送にも気を使っています。

もし、動物保護や動物愛護精神から批判をするならば、家畜業者(ペット業者も含めて)の《売れるものなら、即大量生産》というモラルの低さと、それを公認(黙認)している政府や消費者に対してではないでしょうか?

私の菜食主義の友人は、犬と猫を保護施設から預かって飼っていました。
その人は、自分のペットたちにも菜食させています。
元より、猫は肉食ですから、当然の成り行きで健康を害しました。
その人は、獣医に肉食に切り替えるように指導されたにも関わらず、家畜が可哀想だという理由から、自分の保護した猫の死を選びました。
その“徹底した動物愛護精神??”に、私は今でも、疑惑を感じています。

自然の法則に適わない“否定”は、結果もどこか自然に反しているように感じました。

上手く表現できませんが、このサイトの読者さんのどなたかは、私の言わんとしている事を、ある程度、好意的に解釈してくださったことと希望します。


投稿: Eggi | 2008年1月20日 (日) 15時35分

Eggiさん、こんにちは。

ベジタリアンのお友達のお話ですが・・・、残念ですね。
ワタシも、菜食主義に限らず何でも自分の主義を貫くのは自由ですが、それを他者(ペットも)に不自然に押し付けるのは大きな間違いだと思います。

みなさんおっしゃる通り、問題は現代の家畜の扱い方。

ただ日本も旧態依然のやり方を続けている酪農家は立ち行かなくなってきている、と聞いたことがあります。

家畜だけでなく、コストをかけない大量生産の時代は早く終わってほしいものです。

消費者である私達誰でもできることは、もちろん無駄にしないこと。そして、安すぎるものは買わないことかな、と。
(モノ本来の価値に対して安価すぎるものというのは、必ずどこかにひずみがあると思います)

みんながもっと、一つ一つの命やモノの価値をしっかり考えてくれる世の中になるといいですね。オーストリアやドイツのように^^。

投稿: ワタシ | 2008年1月20日 (日) 21時09分

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